第6回:【規律の哲学⑤】戦略の分岐点。「非取り崩し」か、「部分取り崩し」か
📌 はじめに:あなたの「心の安定」はいくらか?
前回までで、私たちは「元本維持戦略」の目標を70歳引退とすることで、毎月の積立を約8.7万円にまで引き下げました。これは多くの読者にとって、手の届く範囲の目標となったはずです。
しかし、この達成が難しい方もいるかもしれません。その場合の選択肢が「部分取り崩し戦略」です。今回のテーマは、積立負担の「軽さ」と老後の「心の安定度」という、二つの重要な要素を天秤にかけ、あなたが取るべき最終的な戦略を選択する分岐点です。
💰 第1章:2つの戦略のコストとベネフィット比較
リタイア後の年間収入不足分300万円を確保するという目標を達成するため、以下の2つの主要な戦略を比較します。(ここでは、比較のため40年運用をベースとします。)
1. 非取り崩し戦略(元本維持)
目標資産額: 1億円
最大のメリット: 心の安定度が最大。 生涯にわたり元本を維持できるため、市場暴落時も売却の必要がなく、順序リスクから完全に解放されます。
積立コスト(40年運用): 約8.7万円/月
2. 部分取り崩し戦略(4%ルール適用)
目標資産額: 約8,000万円
根拠:年間300万円を4%ルールで取り崩す場合、300万 ÷ 4% = 7,500万円。安全を見て8,000万円と設定。
最大のメリット: 積立負担の軽さ。 目標額が下がる分、積立負担が軽減されます。
積立コスト(40年運用): 約6.9万円/月
| 戦略 | 目標資産額 | 40年運用の積立額 | 心の安定度 | 資産が尽きるリスク |
| 非取り崩し | 1億円 | 約8.7万円/月 | 極めて高い | ほぼゼロ |
| 部分取り崩し | 約8,000万円 | 約6.9万円/月 | 柔軟性あり | 約5%のリスク(順序リスク)を許容 |
⚠️ 第2章:部分取り崩し戦略に潜む「順序リスク」の恐怖
なぜ私たちは、積立負担が重くても「非取り崩し戦略」を心の安定のために強く推奨するのでしょうか。その最大の理由が、部分取り崩し戦略に内在する順序リスクです。
1. 順序リスク(Sequence of Returns Risk)とは
順序リスクとは、資産運用期間を通じて得られるリターンの「平均値」が同じであっても、リターンが発生する「順序(順番)」が異なることによって、最終的な資産寿命や結果が大きく変わってしまうリスクを指します。
2. リタイア直後の暴落が致命的になる構造
このリスクは、特に資産を取り崩し始めるリタイア直後に市場が暴落した場合に顕在化します。
心の安定の崩壊: 稼ぐ力(人的資本)を失ったリタイア直後に市場が暴落すると、「このまま資産が尽きるのでは」という極度の恐怖が心を支配します。
資産の目減りの加速: 資産価値が大きく下落しているにもかかわらず、生活費のために安値で強制的に資産を売却し続けなければなりません。その結果、市場が回復しても資産を失った分を取り戻すことができず、資産寿命が尽きる確率が急激に高まります。
3. 非取り崩し戦略による回避
私たちの非取り崩し戦略では、生活費は運用益のみで賄われるため、暴落時でも元本を売却する必要がありません。市場が回復するまで「待つ」という規律を維持でき、順序リスクという精神的な重圧から完全に解放されます。
⚖️ 第3章:最終戦略の判断基準
選択は、**「あなたはいくらの積立負担で、いくらの心の安定を買いたいか」**という、人生観に基づいた判断です。
1. 非取り崩し戦略を選ぶべき人(安定性・規律優先)
リスク許容度が低い: 資産が尽きる5%のリスクも許容できない人。市場暴落時に資産が減っていくのを見るのが耐えられない人。
完璧な自由を求める: リタイア後の労働を一切考えたくない人。
積立に自信がある: 毎月約8.7万円の積立を、無理なく、規律正しく継続できる人。
2. 部分取り崩し戦略を選ぶべき人(柔軟性・負担軽減優先)
積立負担の軽減が最優先: 毎月8.7万円も今の家計で捻出するのが難しい人。
労働を厭わない: リタイア後も、パートタイムや趣味を活かした**「ライトな労働」**で不足分を補う柔軟性を持つ人(これにより、取り崩し率を実質的に下げ、リスクを軽減できます)。
どちらを選んだとしても、**「感情に流されず、長期の規律を貫く」**という哲学は変わりません。
🔚 まとめと次回の予告:哲学編からシステム構築へ
この第6回で、私たちは哲学編における最終的な戦略選択を完了しました。次に必要なのは、この積立を「資産全体を最適化する」という戦略的な行為へと昇華させることです。
【次回の予告】
次回、第7回からはPart 2に入ります。積立を**「動的ポートフォリオのリバランス弾薬」**として活用する戦術を解説し、システム構築のフェーズへと移行します。積立金を市場の状況に応じてどのように「成長」または「防御」に振り分け、自動的に最適なバランスを維持するのか、具体的な手法を詳述します。
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